お知らせ
- 18年3月20日より日光地区合併に伴い、今市市から「日光市」に名称が変わりました。
又、「今市市観光協会」は「今市観光協会」に名称を変更しました。
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〒321-1261
日光市今市600-1
TEL 0288-21-5611
FAX 0288-21-5612
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今市の歴史と文化財のご案内です。
■日光街道杉並木路
<天にそびえたつ緑のカーテン>
日光杉並木は、日光・例幣使・会津西の3つの街道全長37Kmの両側に約13,300本がうっそうとそびえています。
徳川家康(1542年〜1616年)の忠臣松平正綱が20年余の年月をかけて20万本余の杉を植え、家康の33回忌にあたる慶安元年(1648年)日光東照宮に寄進しました。
現在日本で唯一、特別史跡と特別天然記念物の二重指定を受けています。
また、平成3年にはギネスブックによって、世界一長い並木道として認定されています。
植え始められてから約380年、高さ約30mにもなった杉の木は今市の歴史を見つめさまざまなエピソードを加えながら未来へと受け継がれています。

■二宮尊徳翁の遺跡
<報徳仕法を現在に伝える数々の遺跡>
二宮尊徳翁は天保13年(1842年)56歳の時に幕府の役人に登用され、2年後に日光領仕法の計画を命じられました。当時の日光神領は田畑は荒廃し農業経営が成り立たない「潰れ」が多発する状況でした。このような状況から復興させるために、日光領仕法が行われたのです。
実際に仕法が行われたのは嘉永6年(1853年)から尊徳翁が亡くなりその遺命を息子の弥太郎が受け継いだ15年間です。
この間現在の今市郵便局の隣にあった報徳役所で仕法を指示し、多くの村々を復興しました。この偉業を称え日光領仕法を、報徳仕法と呼んでその遺徳を偲んでいます。(右画は二宮堀) 又、市内に尊徳翁を祀る二宮神社があり、その裏手にはお墓があります。


■追分地蔵尊・如来寺
<追分地蔵尊 多くの伝説に彩られた特大のお地蔵様>
日光街道と例弊使街道の分かれ道に祀られていることからこの名が付けられました。
このお地蔵様には<日光の含満ヶ淵の親地蔵>の話や源頼朝の奥州征伐にかかわる話など数多くの伝説が残されています。
江戸時代の8代将軍吉宗の日光参拝時にお地蔵様に係わる話があることからそれ以前からあったようです。
石造りの座っているお地蔵様としては北関東一の大きさということで、市の文化財に指定されています。
毎年8月23日に行われる二十三夜祭と9月24日に行われる千灯供養祭には大勢の参拝者が訪れ、現在も厚い信仰を集めています。
<如来寺 将軍から御朱印状を与えられたお寺>
室町時代中期、銀閣寺が建てられた頃に、創建された名刹です。本尊は平安中期の名仏師定朝が造ったと伝えられている阿弥陀如来座蔵です。境内には木造地蔵菩薩立像・暁誉上人の五輪塔(共に市指定文化財)などの数多くの文化財があります。
又、江戸時代には、東照宮を造った第3代将軍家光が宿泊するための壮大な御殿が境内に建てられました。その後、御殿の維持のために、朝廷と将軍だけが使用出来る御朱印をもって寺領を与えられた、非常に格式の高いお寺です。また、安政3年(1856年)二宮尊徳翁が亡くなったときに、葬儀が行われたお寺でもあります。
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